アブラハムやモーセ、ダビデやペテロ、パウロも皆弱さや失敗があった。しかし、ヨセフの生涯には、何の罪や悪意も見出されない。
1.苦しみ
ヨセフは苦しみの人だった。その姿はイエス様にも似ている。(イザ53:3)ヨセフには何の落ち度もなく、いつも他人の罪を背負わされた。兄たちの妬み
や侍従長の妻の情欲や偽証によって。しかしヨセフは一言の弁解もせずに、黙ってその罪を背負い、苦しみを担った。(イザ53:7)
2.勝利
彼はそのような理不尽の迫害の中でも、その内面は少しも害されることなく、その品性はいよいよ輝いていった。そしてついに、エジプト全土の支配者になっ
た。何より、彼の品性の純潔を何者によっても汚されなかった。(箴 4:23、16:32、第一ペテ
2:23)彼は何よりも神と共に歩んだ。世界最強の国を治めるのにふさわしい知恵は、神と共に歩む中で与えられた。
3.愛
苦しみの人生を送っても、彼の心の中の愛は失われなかった。兄弟に再開した時にも、ヨセフの心は愛に満たされていた。(創42:24)ヤコブが死んで、
ヨセフから仕返しをされるのではないかと邪推し、恐れる兄たちに対しても、ヨセフは複雑な愛の涙を流している。(創50:19~21)兄たちや侍従長夫婦
に対して、報復することをしなかった。(ロマ 12:21)彼の心はいかなる境遇の中においても、彼の品性の純潔を汚されなかった。
4.信仰
ヨセフが聖書に名をとどめたのは、何よりもその信仰のためであり、彼の勝利の生涯の土台は、その信仰にあった。(ヘブル11:22)ヨセフは、神がアブ
ラハム、イサク、ヤコブに与えられた約束を忘れなかった。約束の地カナンこそ、イスラエル民族の住むべき地だった。(創50:24~25)ヨセフは骨に
なっても、彼らの帰るべき故郷があることを告げ、肉体は死んでも、なお信仰によって語り続けた。私たちもこの地上が永住の地ではない。選びの民の帰るべき
故郷、約束の地、神の国を目指す信仰によって、今を生きることが大切である。