聖書は、天国が退屈なところではなく、天国のすばらしさを強調している。イエス様が十字架に死んでまでして、私たちのために天国の準備をしてくださったなら、天国がつまらないはずがない。
この世の生活、いま私たちが置かれている状況は、決して楽なものではないかもしれない。しかし、天ではやがて苦しみから完全に解放される。
パウロは「上にあるものを思いなさい。地にあるものを思ってはなりません。」(コロ3:2)と言った。
私たちは、地上のものに執着しすぎている。地上のものばかり思っている。私たちが今必要としていることは、天に思いを向けることである。
地上のものに執着するクリスチャンは、地の塩、世の光になれない。地上のものではなく天国のものを思うクリスチャンだけが、塩や光としての役割を果たすことができる。
マタ6:33によれば、天を目指せば、地のものも添えて与えられる。
言い換えれば、地を目指すならば、そのいずれも失う。
あなたは、いま大変な痛みや喪失感の中にいるかもしれない。しかし、天を見上げ、そこに望みを置こう。なぜならあなたのために新しい住まいが天で整えられている。引っ越しの日は遠くはない。その日あなたは本当の故郷に初めて足を踏み入れる。天を思って地上を歩もう。