2018年4月22日
 マルコの福音書 9章30〜37節
題目 「しもべとなれ」
桑 照雄 牧師

説教(奨励)要旨

1.十字架の予告
 「ガリラヤを通って」これまで伝道に専念していたガリラヤを、ただ通り過ぎられた。「人に知られたくないと思われた」お忍びで、ご自分を隠された。それ は、エルサレムへの道に集中し、弟子たちに十字架と復活を教えるためだった。ご自分の亡き後をまかせる弟子たちを訓練するために、もう人々のいやしを行う 時間もないと考えられた。

2.弟子たちの論争
 主イエスの苦難の予告をよそに、弟子たちは「誰が一番偉いか」を論争していた。私たちも何人かが集まれば、そこに「誰が一番偉いか」の形を変えた意地の張り合い、ライバル意識のようなものが出てくるのを見る。

3.しもべとなれ
 主イエスは家の中で一人の子供を真ん中に連れてきて、抱き寄せられた。そして幼子をも受け入れる謙遜さ、人に仕えるしもべになることを教えられた。先頭 に立つということは、人の一番後について行くことであり、子供のような立場の人にも仕えることであり、それはまさに主イエスの生き方にならうことであり、 主イエスに仕えることである。
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