2017年5月28日
 ルツ記 1章1〜22節
題目 「人生の飢きん」
高桑 照雄 牧師

説教(奨励)要旨

 ナオミの人生が急転する。彼女は、困難を逃れようとして、さらに大きな困難に直面する。故郷を離れモアブの地に移 住し、そこで夫と息子たちを失う。モアブでの10年間は苦難の連続で、すべてを失う。2人の嫁が残されるが、ナオミはモアブに帰るよう促す。再婚して新た な夫の家で平和に暮らすには、モアブがいいと判断した。しかしルツは、ナオミを捨てて帰ることはできないと言い、ともにベツレヘムに向かう。イスラエルに 敵視されていたモアブ人のやもめルツにとって、ユダの地で期待できることは何もなかったはず。しかしルツは、ナオミとともに行く決意をする。

 ベツレヘムを離れて異邦の地に移住することや、モアブの女を嫁にすることは、律法の定めを破ることだった。しかし、神は失敗や弱さ、罪をも用いられる。ナオミの家族を通して、ルツは真の神に出会った。

 そしてルツは、自分の民とその神に帰る決断をしなかった。そこにルツの民族的アイデンティティー、宗教的アイデンティティーの変化が見られる。ルツの歩 もうとした道は、人間的には非常につらい道であった。しかし神は、彼女の信仰をご覧になった。どんなにつらい道でも、神に従順に従うところに恵みが与えら れる。合理的で常識的な決定が、いつも正しいとは限らない。故郷にとどまることが最も理にかなっていたが、ルツはそれを受け入れなかった。
すべてを失って帰国したナオミを、ベツレヘムの友人たちは歓迎した。大麦の借り入れのころ、つまり4月下旬。ここから主の恵みが展開してゆく。

 神は、苦しみの中でもご自身に拠り頼む者を導かれる。目の前の問題ばかりを見て、自分で何とか解決しようとせずに、すべてを御手の中で治められる神を仰 ぎ見よう。神の目には、永遠が見えている。神は時に、苦しみを通して私たちを恵みへと導かれる。私たちが信仰の目で神を見上げる時、もうすでに恵みの回復 が始まっている。

質問:あなたにとっての「人生の飢きん」とは、どんな時でしたか?
その時に、神の導き、守りの祝福があったら分かち合いましょう。
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