2016年2月14日
 ヨハネの福音書 13章12〜16節
題目 「今共にいます神」
加藤 正之 先生

説教(奨励)要旨

 教えと実際生活の分離は、人を矛盾と無力感に導きます。
しかし主が示した「洗足の行為」は未来への大きな希望を映し出します。

1.「洗足はどんな意味を持つのでしょうか。」
1節1行目 過ぎ越しの祭りの前 
  2行目 この世を去って父のもとに行く自分の時(3節)
 2〜3節 イエスの十字架の死の予告   
1節 4行目弟子たちの未来に委ねる愛(4節〜17節)
永遠の神の計画の歴史化。歴史を超えた霊的真実の愛。
(1)実際の究極愛そのもの。 (2)愛に生きるべき関係を示す。 

2.主が実際の洗足の奉仕の中で示されたこと。 
4〜10節 十字架の死と弟子たちへの適用。 
5〜7節  無知の放置と主の愛の行為の無知はイエスの否定と自己死へ。
9〜10節 水浴 キリストの十字架の死と救いを受け入れ、一体となること。
 足の汚れはこの世での生活の中で犯す古き人の罪を示す。  
 足を洗うとは謙遜と赦し合い、受け入れ合い仕え合うことを示す。
12〜17節 本当の意味を知って行う時、キリストの時と重なる。キリストの模範に習う時、祝福を得る。

 主が御臨在下さって、今の時の中で執成してくださっておられるからである。それは恵みの結果である。
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