2013年12月15日
マタイの福音書2章1〜2節
題目 「もっと偉大な光」
加藤 正之 牧師

説教(奨励)要旨

 「見よ、東方の博士たち」がエルサレムにやって来た。<見よ>とは驚きを込めて注意を喚起する言葉です。実はマタ イは「救い主」到来の預言の成就に注目を求めています。イエスはこの時には既に生まれています。博士たちがエルサレムに到着したころ、救い主イエスは2歳 を迎えて、母と共に普通の「家」で過ごしていました(11)。
 ですから、エルサレムに着いた博士たちはさらにベツレヘムに向かいます。そして、大切に運んできた黄金、乳香、没薬を献げ、平伏して拝んで帰ります。
 このとき、重要な役割を果たしたのが夜空に輝く星でした。彼らは自然の現象の中にも神の導きを見て喜び、神を礼拝する目的を成し遂げると直ぐに身を引く潔さを持っています。この世的な媚も執着もありません。

 他方ヘロデの礼拝はどうでしょう(8)。聖書の預言に目を凝らし、救い主について詳しく調べ、星の出現の時間を割り出し、「わたしも行って拝む」と誓う ほどの敬虔深さを示しながら、何も知らない博士たちを欺いています。地位の安泰のためには、その心は幼い子供たちを犠牲にするほどの猜疑心と残忍さに淀ん でいます。彼は幼子たちの間に居る筈のイエスの殺害に失敗します(16)。彼には博士たちのように、幼子イエスに礼拝するほどの霊的鋭敏さを知りません。
 現代の大都会の夜空に輝く星は悲しげです。世の光としての私たちの光は輝いているか。遙かに優れた光があります。キリストがそれです。博士たちを導いた光より遙かに偉大で輝く星がキリストです。この方への礼拝こそが今日を生きる力です。
このウィンドウを 閉じる