2013年11月10日
ローマ人への手紙13章1〜7節
題目 「益なる僕(しもべ)」
高橋 善樹 先生

説教(奨励)要旨

 パウロは、12節以下でイエス様を信じて救われた者の生き方について勧めます。そのうち13章からは、地上の社会に国民、市民として、また、世間の隣人とどう生きるべきかについて勧めます。
 今日は前回と同じ箇所で国民生活・市民生活のあり方の二回目です。

1.地上の「上に立つ権威」(支配者)には、人の心をさばき、罰する権威はありません。それがお出来になるのは、まことの神様だけです。
 3、4節には、「行い」がたくさん出て来ましたが、地上の「上に立つ権威」は、外に現われた「行い」行動・行為だけが、良い、悪いをさばく対象です。 「行い」の心をさばく権威はありません。ですから「行い」の範囲内で「上に立つ権威」を恐れればよいのです。しかし、神様は人の心を調べ、たましいを見ら れ、さばかれます。私たちは、まことに恐るべき方を恐れる者でありたいのです。(ルカ12:4-5)

2.私たちキリスト者は、私たちの良心が、常に神の前に、神と共にあるゆえに「上に立つ権威」に従う者でありたいのです。
 5節。「ただ怒りが恐ろしいからだけでなく、良心のためにも、従うべきです。」とあります。私たちの良心は、神が、私たちの肉なる心とは全く別に与えら れた心です。善悪をすべてみこころから判断し、常にみこころ(善)へと向かう心です。「上に立つ権威」の「剣」だけを恐れて従うのではなく、その権威が、 神のしもべ、神の怒りの代行者であるとする良心の要求にこたえて従う者でありたいのです。

3.私たちは、地上の「上に立つ権威」が、人に「益を与える神のしもべ」として、神が立てられていることを再度確認したいのです。
 アダムの原罪を負い、堕落した人間が、共に生きるためには、秩序と正義、公正を保つ「上に立つ権威」(法)とその実行者である「益を与える神のしもべ」 がどうしても必要です。神はこれらすべてを与え、許され、立てられています。今日の私たちも全く同じです。為政者のために祈りつつ従う者でありたいと願う 者です。

<結び>私たちは、バビロニヤ帝国という「上に立つ権威」が「益を与える神のしもべ」として神のご計画に用いられている史実を心に留めたいのです(エレミヤ29:4-7)。
このウィンドウを 閉じる