<序>
大きな苦難が理由で神から離れる者がいる一方で、神の活動を見て人生の大飛躍をする者がいる。初代教会の使徒たちの体験はまさにそれに当たる。
<聖書の事実>
17、18節 初代教会はいざ大前進と言う時に大祭司たちの妬みで投獄された。
19〜21節 しかし神は彼らを獄から出し、宮でいのちの言葉を語らせた。
21〜29節 翌日大祭司たちは議会を招集し、使徒たちを裁くために獄に人をやらせたが、使徒たちの姿がどこにもなかったとの報告が彼らを戸惑わせた。ところ
が、宮で教えている姿を見たとの報告を受けたが、手荒な扱いもできないまま、議会に立たせ、禁止を破ってイエスの名を語り、その血の責任を我々になすりつ
けようとしている、と言って非難した。使徒たちは「人より神に従うべき。」と答えて、神は彼らが殺したイエスを甦らせ、罪の赦しを得させるために救い主と
して彼を天に上げられたのであって私たちも聖霊もこれらのことの証人であると大胆に語った。
<説明と教え>
17<妬み>祭司長たち旧体制は公的立場にありながら個人的、人間的感情や利害で人を裁き神の言葉に仕える立場を失って人を恐れた。26
神の計画を見失い30
恐れイエスの血の責任の回避と転嫁を行おうとした。28b
<いのちのことば>これに対して使徒たちは「いのちのことば」に聞き従った。神の救いの計画は完全に使徒たちの上に託された。32
神との交わりと活動が伴った。20
これらの事実は聖霊の証しであるとした。32b
永遠の神は今も変わらず、神と交わる者と共にあり、聖霊が書かせた使徒たちの証しと共にある。神を恐れ悔い改めて従う者に平安と平和の実を約束されている。