2012年9月23日
使徒の働き 5章12〜16節
題目 「祝福あふれる」
加藤正之牧師

説教(奨励)要旨

<序>
 アナニア夫妻の死は非常な恐れを生じさせた。その結果、恐れて教会を去る人が増え、新しく仲間になる人はいなくなっただろうか。聖書の実際はどうでしょう。

<聖書の事実>
 12節では心を一つにして集まっています。
 13節では群れには入らない人達さえ「尊敬」の目で見ています。
 14節ではそれよりも主を信じる者が男女とも益々増え、ついには
 15節ではペテロの影でもかけてと願って病人を寝台などにのせて道路に並べるほど。
 16節では近くの町々からは多数人々が病気や悪霊で苦しむ人達を連れてくると全部いやされたりして、むしろ大きな祝福に沸くほどでした。

<説明と教え>
 愛国心からなら不法も許されるのか。今の日本人ならそれが間違いであることはすぐに理解できます。福祉であれば誤魔化しは許されるか。大きな愛の行為のためなら小額の欺きは罪ではないのか.巨額な献金なら名声をえる手段としていいのか。
 小さなパン種もパンを大きく膨らませます。胎児の初期段階で小さなウイルスがやがて生まれる子供の大きな障害の原因となります。ジャンボジェット機の操縦席の窓の小さなたった一つのねじの緩みが大事故に至らせることができます。

1.教会の奉仕が名声を得る目的として許すならそれ以降の教会はこの世と同じ水準に立ち、純粋であるべき教会はこの世の人々から尊敬を失うでしょう。

2.不純な動機を許すなら、純粋な神の意志に反して聖霊の導きを拒むでしょう。

3.自己のエゴに滅びを見る者は聖書の清い意味に敏感でしょう。

4.心の清い人は神を見るでしょう。その人は幸いです。

5.神の活動を見る教会は幸いです。その人は神の愛に生かされているからです。
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