2012年5月20日
マタイの福音書6章5〜9節
題目 「大丈夫、もう心配ない」
井本祐介伝道師

説教(奨励)要旨

テーマ:父である神に祈ることのできる幸せ

1.天にいますわたしたちの父(9節)
 子である神イエス・キリストの十字架の死により、人は全ての罪を赦され、父なる神の元へ帰り、神の子どもとされた。主の祈りは、神の子とされた者の祈り。

 「あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。」(ガラテヤ人への手紙3章26節)

 「あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょ う。・・・・とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。」(マタイの福音 書7章9〜11節)

2.隠れたところで見ておられる父(6節)
 祈りは人に聞かせるのではなく、父である神に向けられたもの。主の祈りは自分で自分を幸せにすることから自由にされ、神からの報いを期待する人の祈り。

 「小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。」(ルカの福音書12章32節)

3.わたしたちの必要なものを知っておられる父(8節)
 買い物リストのように、自分の都合を並べ上げるのではない。主の祈りは、わたしたちの欲しいものではなく、わたしたちに本当に必要なものを求める祈り。

 「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。」(第1ヨハネ5章14節)
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